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今日を初めてにする、ウェルエイジングマガジン

なりたい自分を諦めた先にあった、世界の台所探検家という生き方

『WELMAG』の特集「捨て活」では、心身の変化も感じやすくなる年代が、家や職場での役割が増える中で抱え込んでいるモノ・コトや、自分に合ってないと感じながらも続けている習慣などを手放していくヒントを集めました。何かを始めるには、まず何かを手放すことから。美容や運動、ファッション、食、仕事といったライフスタイルの切り口から、新しい生活習慣を始めるきっかけを、お届けします。

私は今、「世界の台所探検家」という肩書きで、フリーランスとして生きている。世界各地の家庭を訪れ、一緒に料理をさせてもらい、料理から見える暮らしや社会を伝えている。

側から見ると、「海外に出かけては執筆したり、講演したりしながら生きている楽しそうな人」のようで、それゆえに「そんな生き方に憧れるのですが、どうしたらなれますか?」と聞かれることがしばしばある。しかし、こうなることをまったく目指したわけではないので、申し訳ないくらい役に立たない答えしかできない。

私にとっては目指したというよりも、いろいろと諦めた末にたどり着いたのが、今の働き方だった。今回はそんな私の諦め遍歴について書いてみようと思う。

努力を継続できない自分が嫌いだった

私は継続がきわめて苦手だ。

新卒で入社したIT企業で働き始めたばかりの頃は、自己啓発本を読んでは、毎日の習慣を身につけ、目標を立てることで成長し続けたいと思っていた。ユニクロの柳井正さんの著書『経営者になるためのノート』に刺激を受け、半年に一度ノートを開いて振り返ることを決意する。運動不足を感じてはヨガスタジオに登録したり、ランニングシューズを買っては「毎週走るぞ!」と一念発起したりもした。

ただ、そのうちに気づいたことがある。結局、3回以上続いているものが何ひとつないのだ。それどころか、半年に一度会社で立て(させられ)る個人目標さえも、立ててはすぐに忘れて、期末になって慌てる。自分でも嫌気がさすくらい衝動的で、何も継続できない。

「努力しない者に成長はない」と言うし、理想の自分とかけ離れた現実の自分に焦りが募るばかりだった。30歳手前で焦りが大山のようになっていたあるとき、同僚にこんなことを言われた。

「大人になるというのは、ひとつひとつ諦めがつくようになっていくことなんだよ。完璧な人間なんていない」

真意を理解できたかはわからないけれど、この言葉が強く心に残った。

その頃は、自分の仕事のやり方に疑問を持ち、将来に不安を感じながらも、日々の仕事は充実していた。上司や周囲のサポートのおかげで、それなりに存在を許されて好きな仕事もさせてもらえていた。

自己啓発本に書かれているような努力はできていないけれど、楽しく生きられているし、これでいいんじゃないか?

開き直り、徐々になりたい自分を諦めるようになった。

諦めることで世界が広がった

まず、長期の目標を立てるのをやめた。ヨガやランニングの継続に一念発起するのもやめた。代わりに、目標を一週間単位で設定することにした。「今週は朝に10回スクワットをする。日曜日まで続けられたら上出来」と考えることで、気が楽になった(ただし、それも今は続いていない)。

会社の目標にあわせて自分の目標を立てるのもやめた。上司からの「会社への貢献や目標の達成はいいから、今期は自分が信じるようにやり抜いてみなさい」という言葉に背中を押され、迷いは振り切れた。本当は会社員として会社の目標に合わせて仕事をしないといけないわけだが、うまく動けないのだからしょうがない。

まともに仕事ができない私を見かねた上司が、自由にやらせたほうがまだ会社に貢献しそうだと苦肉の策で考えたのだろう。ただ、結果的にこのやり方が私には非常に合っていて、私にとって大きな転機となったのだ。

「(何になるかわからないけれど)これをやったらおもしろそう!」という感覚に従い、思いっきり動けるようになってから、新しい展開が生まれていった。

趣味のデータ分析や台所での発見を社内ブログに書きはじめると、関連する仕事の相談がくるようになった。諦めることで、やりたい仕事が近づいてくるなんて。あがいても開けなかった道が開けていったのだ。

やがて、世界の料理する人への関心と活動が膨らんでいき、会社の仕事とは別に副業として取り組むようになっていった。

それから数年後、会社員という働き方さえも諦めることになった。

人生の地図がなくても、心のコンパスに従って生きる

学生時代には想像もできないことだった。いい会社に勤め、社会人として毎年成長し、社会的地位を築いていく自分でありたかったから。「独立おめでとうございます!」と言われたりもしたが、そんなかっこいいものではない。会社の仕事と自分の活動を共存させる器用さがなく、両立を諦めただけで、収入を得て食べていける見通しがあったわけでもない。

そこからはもう諦めの連続だ。

安定した収入。決まった場所で働くこと。決めたことを続けること。自分の目標、事業の目標を立てること。フリーランスになって最大の学びは、自分にはできないことがあまりに多いということだ。

ただ、なりたい自分を諦めて、代わりに手に入れたものがある。それは「自分の心が興奮するものに従って進む」という強力な人生のコンパスだ。

「あそこに辿り着きたい。だから、そのためにまずこれをして……」という人生の地図を描く力はないけれど、「こっちの方向に進むとおもしろそうだ」というコンパスに従って進んでみる。そうすることで、自分の人生を生きていると信じられるようになった(ただ、まぁ興奮しなくても運動習慣くらいは続けたいのだけれど)。

今、「世界の台所探検家」という肩書きで活動しているが、正直一年後にまだ続けているかはわからない。それよりももっと心が興奮するものに出会ってしまったら、今の働き方や肩書きもおそれずに手放そうと思っている。そこには今は想像もしていない楽しい世界が待っていると信じているから。

Essayist

岡根谷実里

世界の台所探検家。1989年、長野県生まれ。東京大学大学院工学系研究科を修了後、クックパッドに入社し、独立。世界の台所探検家として、これまでに25以上の国と地域、150以上の家庭に滞在した。著書に、『世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる(青幻舎)』『世界の食卓から社会が見える(大和書房)』など

CREDIT

Text&Photo / Misato Okaneya
Edit / Kazumasa Yamada
Production / Quishin Inc.

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