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今日を初めてにする、ウェルエイジングマガジン

諦めずにがんばることを、40代で手放す。 甲斐みのりさんに聞く「楽に生きるための捨て活」

『WELMAG』の特集「捨て活」では、心身の変化も感じやすくなる年代が、家や職場での役割が増える中で抱え込んでいるモノ・コトや、自分に合ってないと感じながらも続けている習慣などを手放していくヒントを集めました。何かを始めるには、まず何かを手放すことから。美容や運動、ファッション、食、仕事といったライフスタイルの切り口から、新しい生活習慣を始めるきっかけを、お届けします。

文筆家として活躍される、甲斐みのりさん。お菓子の包み紙やレトロなお店など、自分の「好き」を題材に数多くの本を執筆されています。

30代までは「生きるのが楽じゃなかった」という甲斐さん。物に対する向き合い方や人間関係に悩む中で、それまでの考え方を捨て、前向きに生きられるようになったと言います。

「40代の今が一番楽なんです」という甲斐さんの、「捨て活」について聞きました。

「自分らしくない考えを、捨てる」

—— 甲斐さんは「捨てる」と聞いて、何を思い浮かべますか?

私はお菓子の箱や包装紙など、かわいいと思ったものを集めることが生きがいなので、物を捨てることとは無縁の生活です。テレビや雑誌で「断捨離」や「ミニマリスト」を勧める特集を目にするたびに、物を捨てられない自分はだめな人間なのではないかと感じ、思い悩んでいました。

廃棄されそうになっていたしゃもじにときめき、しゃもじ屋さんから持ち帰ってきたもの。

—— 物を捨てたほうがよいのでは、と思い悩まれていたのですね。

人それぞれ考え方は違っていいと思うので、少ない物とシンプルに生きることも尊敬しています。ですが、私が自分らしく生きることを考えると、好きな物に囲まれて暮らしていきたい。30代のときには物を捨てなければと思い悩んでいたのが、時代の風潮に合わせずこのままの自分でいい、という考え方にだんだんと変わっていきました。

—— 考え方が変化したのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

向田邦子さんや森茉莉さんといった、私が好きな作家さんのお部屋を写真で見たとき、本や好きなもので溢れていたんです。自分が尊敬する作家さんたちの生き方に励まされ、大勢の“みんな”と同じ行動をしなくていいんだと思えるようになりました。自分らしく、生きていこう。そう思えるようになったのが、40代に突入する頃です。

自分らしくない考えは捨てて素直に生きようと思えたことは、人生の中で大きな気づきでした。やっぱり好きなものに囲まれていると、それだけで幸せですし、好きなものを集める時間も幸せです。

—— 今、取材させていただいているアトリエも、甲斐さんの好きな物で溢れていますね。本もたくさん並んでいます。

街歩きのエッセイや食道楽の話が好きで、植草甚一さんや池波正太郎さんの作品は楽しく何度も読み返しています。

大切な物を手放したくない一方で、最近は自分よりも大事にしてくれそうな人がいるときには、譲るようにもなったんです。もともと本棚には祖母や父から譲ってもらった本も多くあり、そのバトンをつないでいきたいという気持ちがあります。

—— 好きな物に囲まれる幸せを感じている分、物を譲るときに迷いはないのでしょうか?

手放すのを躊躇するときって、物そのものに愛情があることともうひとつ、その物にまつわる「思い出」が大切、という場合もあると思います。そういうときには写真を撮り、思い出を残すように。すると、前向きに手放すことができるんです。

好きなものに囲まれつつも、軽やかに生きていきたい。 20代、30代、40代と、10年ひと区切りぐらいで自分は少しずつ変化していると感じるので、また次の自分が楽しく生活していけるよう、柔軟に物と向き合っていこうと思います。

「苦手なことを、軽やかに共有する」

—— 10年ひと区切りで変わってきているとのことですが、生活習慣にも変化はありましたか?

20代の頃は遅くまで映画を観たり、本を読んだりするのが楽しく、夜更かしするのが日常でした。でもそれを40代からガラッと変えて、早寝早起きできるようになりましたね。

—— これまでの習慣を、どのように変えられたのでしょう?

「朝おやつ」という楽しみをつくりました。毎晩寝るとき、明日の朝起きて食べる甘いものを準備すると、自然と早く起きられちゃうんです。食べるのが楽しみすぎて(笑)。

「朝おやつ」のおかげで寝るときから、起きることが楽しみになりました。毎日じゃなくても、忙しいときや元気がないときこそ「明日の朝はこれを食べよう」とご褒美を用意するといいと思います。

規則正しい生活を送れるようになると食事も美味しく感じられますし、一日を有意義に使えるようになりました。

—— 自分にご褒美をあげることで、生活が変わったのですね。そもそも自分が喜ぶことが何かわからないという人は、どうすればよいと思いますか?

一度、好きなものを書き出してみるといいかもしれません。自分が好きだと感じるものをどんどん書いてみて、認識する。言語化していくと思考が整理されていき、自分自身がどういう人間か見えてくると思います。好きなものを認識していくと、同時に不得意なこともわかってくると思いますよ。

—— 自分が不得意なこと、ですか。

そうです。私は自分が苦手なことが言語化できるようになってから、生きるのが随分楽になりました。自分の苦手なことを言葉にして、人に伝えるようになったんです。

—— もともとは楽に生きられていなかったのでしょうか。

そうですね。小さい頃から集団行動が大の苦手。30代の頃までは、人間関係を円滑にしなきゃと思いすぎて、無理することもたくさんありました。でも、そんな自分を変えて、楽になりたいと素直に思ったんです。人に無理して合わせるのではなく、自分らしく生きたい。そのためには、みんなと同じようにできないことなど“違い”を相手に伝える必要があると思いました。

まずは苦手なことを言語化していき、後はそれを人に伝えるだけ……なのですが、やろうと思えばできるシンプルなことも、伝えることはなかなか難しくて。結局できるようになるのには、数年かかりました。

—— たしかに、人に自分ができないことや、違っていることを伝えるのは、勇気が必要ですよね。甲斐さんは、どうしてできるようになったのでしょう?

軽やかさを覚えたんです。軽やかに伝えたら言いやすいし、相手も大袈裟に捉えずに済むことに気がつきました。「苦手」ではなく「得意ではない」と言い換えたり、後から言うのではなく、最初に宣言してみたり。

たとえば、昔から人見知りが激しく、かなり深い付き合いをしている方以外との食事は極度に緊張してしまうので、出張のときはそういう自分の性質を先に伝えておいたり。自分が器用にできないことを、人に軽やかに伝えるということを、40代で覚えました。

実際に伝えてみたら、意外と大したことはなかったんです。大層な感じでも、攻撃的でもなく、ただ軽やかに。自分の苦手を伝えられるようになって、楽になりました。

「諦められるようになった今が、一番楽」

—— 自分の感情に素直に生きられている甲斐さんですが、幼少期はどういう子どもでしたか?

好きなことには一生懸命になれる分、昔から苦手なことがたくさんありました。集団行動が得意ではなかったので、給食をみんなと同じ時間に同じ量食べなきゃいけないことさえも苦しかったんです。

昔の日本の教育って、「人と同じ」ことが求められていて、みんなに合わせなきゃいけないと思うのに、 合わせられない自分に罪悪感を覚えていました。できない自分を受け入れられず、「諦めずにがんばらなきゃ」という意識が大人になっても続いていましたね。

—— 仕事を始めてからも、その意識は続いていましたか?

そうですね。20代でフリーランスとして仕事を始めたときも、完璧を目指そうと常に気負っていたように思います。依頼されたことがどんなに苦手なことでも、全て受けなければいけないとがんばって。

それで一度、一緒にお仕事した人に「そんなにがんばらなくていいんだよ。諦めてもいいんだよ」って言われたことがあったんです。私にはその言葉が目から鱗。え、諦めてもいいの?って驚きました。

20代で「諦めてもいい」という言葉には出会ったのですが、そんなに簡単には諦められなくて。でもそれが、40代に入ると諦められるようになったんです。

—— どうして諦められるようになったのでしょう?

コロナ禍を経て人には限られた時間しかないと改めて思ったとき、苦手なことで悩む時間は、私には必要ないと気づいたんです。捨てられるものは捨てて、諦められることを諦められている40代の今が、人生で一番楽に生きられていますね。

悩む時間が減った分、自分の好きなことに使う時間が増えたことがうれしくて。私には好きなものがたくさんあって、日々推し活に忙しいんです。私の推し活って、お菓子を買うとか、街に出て歩くとかなんですけどね(笑)。

これからも諦めたり手放したりすることで、どんどん軽やかになっていきたいです。手放せることが何か考えるのは、楽しいことでもあります。

Interviewee

甲斐みのり

文筆家。旅、散歩、お菓子、手みやげ、建築など、好きなモノやコトを主な題材に、書籍や雑誌、webなどに執筆。著書に『日本全国地元パン』『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)『お菓子の包み紙』『アイスの旅』(グラフィック社)、『全国かわいいおみやげ』(サンマーク出版)ほか多数
公式サイト

CREDIT

Interview&Text / Yuuri Tomita
Photo / Kei Fujiwara
Edit / Kazumasa Yamada
Production / Quishin Inc.