バッドナイトをグッドに変える、今日からできる睡眠改善メソッド
「ふぁあああ」
今日何回目のあくびだろう、そんなことを考えながら佳恵は、テラスでお茶をしている。
「ママ、また夜更かし?」
あくびで涙目になっている佳恵の様子を、リビングから目ざとく見つけた春香が、テラスに出て尋ねてきた。
「少しだけね。今日は休みだったし」
窓辺では、飼い猫のムギがすやすやと眠っている。
「テラスでお茶なんて、どうせ海外ドラマの影響でしょ」
「よく分かったわね!今見てる海外ドラマで、よくお茶してるシーンが出てくるのよ〜」
そう話しているうちに、また自然とあくびが出た。潤んだ視界に映るムギを見つめて、佳恵はボソッとつぶやいた。
「私もムギになりたい」
「どういうこと?大丈夫、ママ?よく分かんないけど、もう夜中にドラマ観るのやめたら?」
「馬鹿言わないでよ!そんなことしたら、何を楽しみに毎日生きればいいの!」
「大げさだよ~。それよりも、ちゃんと寝た方がいいと思うけど」
二人の話し声に誘われるように、ワタルと青菜もやってきた。寝不足の様子の佳恵を気づかった茂が、休みの日だが特別に来てもらえるよう青菜に頼んでいたのだ。
「あら、青菜さん。今日は臨時でごめんね」
「いえ、とんでもございません。茂さんが帰られるまでの間、お家のことはお任せください」
青菜の言葉に、ニコッと微笑み返した佳恵だったが、その表情はどこかぼんやりしたように青菜には見えた。
「佳恵さん、どうされたんですか?」
青菜の言葉に、痛いところを突かれたという表情を浮かべつつ、佳恵は正直に答えた。
「最近どうも寝付きが悪くって。なんだか寝不足な日が続いてるのよね」
「それは、まずいですね」
「ほら、やっぱり~。ママ、まずいんだよ」
「青菜さん、ママはどっか悪いの?」
「ワタル坊ちゃん、大丈夫ですよ」
「大丈夫よ~。ただの寝不足だから心配しないで」
心配する二人を安心させるために、佳恵は意識的に軽い口調で話した。ただ、それを聞いた青菜は、むしろ心配そうな声色で佳恵に返す。
「佳恵さんはただの寝不足とおっしゃいましたが、実はそこにはさまざまなリスクが隠れているんですよ」
「え…」
リスクという言葉に、佳恵は鼓動が強くなるのを感じた。
「青菜さんに言われたら急に怖くなってきちゃった。どんなリスクなの?」
「それでは、続きはリビングでお話しましょう。お茶を淹れ直してきますね」
-15分後
「宿題があるから」と、春香とワタルはそれぞれの部屋に戻っていった。青菜は、リビングで待っていた佳恵にそっとミルクティーを出した。
「それで、佳恵さん。最近お仕事のパフォーマンスが下がったり、やる気が起こらなかったりということはありませんか?」
「う~ん、言われてみればそんな気もするわね。気が散ることはあるかな。あと、イライラすることも増えたかも」
「寝不足が続くと、集中力や注意力が低下したり、気分が落ち込んだり、怒りっぽくなりやすいと言われています。人によっては、食欲が増して過食気味になることもあるそうです」
「え!過食!?青菜さんに教えてもらった“ながらエクササイズ”で体を動かすようになって、食事が前よりおいしいとは感じてたけど…。寝不足のせいなの?」
「寝不足が直接の原因かは分かりませんが、過食のリスクがあるということは覚えておいてください」
青菜は、佳恵が無言でうなずく様子を見て話を続ける。
「あと、“よい眠り”は、寝る前の過ごし方に大きく左右されると言われています。佳恵さん、眠る前にスマホを見てはいませんか?」
図星を突かれた佳恵は、「見てます」と消え入りそうな声で答えた。
「スマホやタブレットを見ていると、脳は興奮状態になって覚醒してしまい、寝付きにくくなってしまうんです」
「なかなか寝付けないのはそのせいだったのね」
「それから、暗い部屋の中で、スマホなどの明るい光を浴び続けるのは目にもよくありません」
「う…、たしかに、ずっと疲れ目かも」
「寝る前にスマホを見ることで、自律神経も乱れてしまいます。自律神経の乱れは、体内時計を狂わせる原因にもなるんですよ」
「体内時計?なんか聞いたことはあるわ」
「人間の体と心は意識しなくても「日中は活動状態」「夜間は休息状態」に切り替わります。ところが、夜遅くまで起きていたり、朝遅い時間まで寝ていると、体内のリズムが乱れはじめてしまうんです」
「耳が痛いわ…」
「でも、大丈夫です。体内時計を整えるポイントをお教えします」
「いかがですか?就寝前や起床後の行動、寝室環境で改善できそうなポイントはありそうですか?」
「びっくりするくらいどれもできてないわ…」
「そうですか」
そう優しいトーンで相槌を打った青菜は、佳恵を励ますように「でも、逆に改善できるところがたくさんあるということですね」と温かい言葉を続けた。
「それでは、よい眠りにつくための簡単な方法をご紹介します。まずは『入浴』です。湯船にはしっかり浸かっていらっしゃいますか?」
「ううん、どちらかというと、シャワーで済ますことの方が多いかも」
「うまく睡眠モードに入るには、一時的に体温を上げることが大切です。シャワーでは体の芯までしっかり温めることができません。できれば38度くらいのぬるめのお湯に、15分ほど浸かるのが理想です」
「湯船に浸かってじっとしているのって、苦手で」
佳恵のせっかちな性格を理解している青菜は、同時に佳恵の趣味も把握していた。
「たとえば、防水のブックカバーを使って読書をしたり、入浴剤でリラックスタイムを楽しんでみたりしてはいかがですか?」
「さすが青菜さん、よく分かってる!」
「『体温度計を整えるポイント』でも申しましたが、お風呂に入るタイミングも意識してください」
「話は変わるんだけど、たまに寝る前までお酒を飲むこともあるのよね。それってどうなの?寝酒とか言うくらいだから、別にいいのかしら?」
「いえ、残念ながら就寝前の飲酒は睡眠の質を落とすと言われています。なるべく控えてください」
「私って、眠りを邪魔することばっかりやってたのね」
「良かれと思ってやっていたことが、実は体に良くないということもありますからね」
「海外ドラマを観るのは絶対やめられないけど、観る時間を変えるわ。あと、お風呂の入り方とか入るタイミングとか、朝起きたら太陽の光を浴びるとか、すぐにできることから始めて、体内時計を整えるように意識してみる!ありがとう青菜さん!」
佳恵が元気を取り戻した様子を見て、青菜の顔には自然と微笑みが浮かんだ。
-ある土曜日
「おはよう青菜さん!朝早くから来てくれてありがとう」
今日は、小林家全員で隣町に住んでいる祖父母の家に遊びに行く日だ。青菜はみんなが出かけている間に、ムギのお世話と掃除、夕食の準備などを頼まれている。
「おはようございます、佳恵さん。今日は一段とお元気そうですね。最近は、よく眠れてますか?」
「ええ!おかげさまでなんとか。青菜さんにアドバイスをもらってから、体内時計を意識しているの。海外ドラマは観てるけど、深夜には全然観てないからね」
佳恵が規則正しい生活を意識するようになってひと月あまり。入浴タイムもだんだん楽しくなってきた。最近では、春香と一緒に入浴剤を選ぶのが新たなマイブームだ。
「入浴剤をあれこれ試すのって楽しいのよね」
「ねぇ。ママのおかげでわたしも前よりもっとゆっくり浸かるようになったよ」
「ボクも、100数えるまで入れるようになったよ!夜もいっぱい眠れるし」
「ワタルは前からよく寝る子だったけどな〜」
茂の言葉にみんなから笑い声が湧き上がった。
「それはよかったです。わたくしにとっては、みなさまの健康が一番ですから」
「そう言ってくれてありがとう!じゃあ、おじいちゃんのお家に行ってきます!夕方には戻るからそれまでムギとお留守番お願いね!」
「青菜さんがうちに来てくれて、いろいろアドバイスもくれて本当に助かるよ」
「いえいえ、茂さん。お役に立てて何よりです」
「パパ!出発だよ!ゴーゴー!!」
ワタルの弾けるような声と同時に車のエンジンがかかった。
「みなさま、いってらっしゃいませ!お気をつけて」
「青菜さん、いってきま~す!」
家族四人のぴったり息のあった声に、青菜は頬をゆるませた。そして、車が見えなくなるまで、にこやかに手を振り続けた。
「いい天気ですね。さて、お掃除を始めましょうか」